イメージ

切り取って手渡せないものは心 話し疲れてときどき黙り ストーブに腕をまわして抱きよせる温もりの イメージをうち消す 親知らずが生える予定のつるつるの肉には味がしなくて舐める 明晰夢 会わなくなった友だちは夢に出てきて元気にしてた 『八雁』2023年1…

読んでない本

イヤホンをいつか買うけどいつ買うか 朝の雨からいきなり寒い 大通り沿いだけビルが高いのが歩いていけば裏から見える ねむくなるのを待てなくてもう一度電気をつけて読む用の本 寝ころんだまま本を読む体勢にどれも疲れてきてやり直す 一口で噛み切れないで…

休憩

目のなかの睫毛を指で取るときのほのかな高揚に息詰めて 夜が来ると白黒になる水面と橋を渡ってきてから思う 先っぽがちぎれた足がなびいている七夕飾り 完全な足も 近づけば鳴いているのは分かるから葉っぱの影に鳥を探した 夕方はよく風の吹く大通りの風を…

無題

うなぎ味のかまぼこ/かば焼き味のたれ 知らない人の言うことを聞く ユリノキと書いてあるから歩くたびどれもユリノキ朝にも夜も 帰りには止んでいた雨 葉から降る残りの雨もだんだん止んで 八雁2022年7月号通巻64号

シャンプー

話しているところの人へ向くのだと顔や目を合わせてみるのだと シャンプーをしたか忘れてシャンプーをしたことのある記憶をたどる 前の人のコートの裾が摺らないか見ていたかった階段を降り あまりにも寒くて乳首まで痛む コンクリートでできている川 八雁20…

無題

ややこしい形に交差した道を赤にして青にする信号 写真禁止マークがついた作品もあるのでこっちのは撮っていい つながれてしっぽの丸い白い犬 笑ってるみたいな顔をして 会計をカードでできる端末が入って、それがこの前の秋 スーパーは三つあるけどせせりっ…

春の短歌

散歩しに通る小道の植え込みに花が咲いてて造花みたいだ 桜並木の色の濃いとこうすいとこ 見下ろして 目をゆっくりこする 傘立てにしまうとちょうどよさそうな高さに花の枝は売られて 花びらが降るのをふけにみまちがう薄暮の奥に誰か立ってて 八雁2021年5月…

無題

電話かけながら通路にしゃがみ込むそうだとしてもきみはどうして 毛の生えたひざかけの毛にゆび立てて動かしていく冬だというが 朝食と夕食のたび一つずつみかんを食べて減ってくみかん ベルメゾンのカタログの家具たのしそう ひとりぐらししはじめたのはも…

最低だから

最低だからぜひ見てって言われた映画見て街灯に青葉は透けて 本棚に予備の棚板 予備のねじ 横たえて忘れていられたら しめたあとしばらく経てば垂れてくる蛇口をしめて布団を敷いて 大通りに車が雨を撥ねていく音がする 雨音はしてない 冬コートをクリーニン…

しばらくは

包丁を研いでもらってしばらくは買いものも志高くして 言いさして今は知らない 冬の日が暮れているのに上がる噴水 だいじょうぶなのも後ろめたくなるよだいじょうぶって決め込むことも 遊歩道 暗渠の上の 謝られてそのあとなんて言ったんだっけ 八雁2020年5…

わたしは口内炎にならない

走ったら間に合うかもね信号が赤になるところを見届ける きらいってきみが言ってた音楽と途中でわかる 窓に降る雨 ぼろだから忘れたときは買おうって思ってずっと使う長傘 読みついである日見つける栞紐を人さし指に伸ばして巻いて スロープが空くまでじっと…

旅日記拾遺

二人ならちょうどぐらいの客室に荷物をあけてひろがるわたし 木の枝を束ねたような細い木がときどき生えてあとは平原 住民がいるのかどうか分からないビルたちバスの窓の流れに どうしてか見てたらわかる日本から来た女の子わたしのほうも オーケーとノーし…

思い浮かべる

みずばしら作りはじめた噴水へ歩いていって歩いて過ぎた わりとなにも言えないままだ 手さぐりに紐をつかんで電気をつける 寝転んで思い浮かべる会ってないあいだのきみに増えた洋服 洗剤をたらせば鍋の水面を砕けて逃げるあぶらの光 新しい靴を履くときうつ…

無題

ストローの曲がるところを伸ばしたり縮めたり よく犬の鳴く日で 塩入れに塩の丘陵 指さきをほそめてひとつ丘をくずした 新しく覚えたタイ料理の名まえ口にとなえて明るい夜道 初出:『八雁』2019年7月通巻46号

ざらざらの

食べたあといくらなめても塩味のくちをつぐんで画面に戻る 目が悪くなった気がしてうすく見る 片側だけが日なたの路地を 窓際の席をさがせばテーブルにきみの居眠りぬかづくような 連翹も馬酔木も見ずに壁ぎわをずっと進んだざらざらの壁 冬コート着たまま終…

都市生活の冬

柿の木と秋だけわかる入り口の植木を朝に見て夜も見る おねえさんに助けてもらうおねえさんは若い人たぶんわたしより したいことをしているだけだから平気 もらったパンを帰りに食べる 洗濯機に洗濯物があることをまだ覚えてる まだ もう少し 初出:『八雁』…

秋のうた

美術館のソファーまで来て座ってるその十月も半ばをすぎて 働いている間にふりはじめふりやんだ雨があり雨音もあったろう 誰もいないけれど明るい灯のしたのブランコのそれぞれの水たまり さみしさのことをちょっと分かる よい小説や映画にあって パンくずの…

レヴェランス

刺されたという報せから追悼へタイムラインがゆくのを見てた R. I. P. とはRest in Peace なのかと気づくその頭文字 寝ることをあきらめきれず夜の間に指がつくった掻き傷をおす 扇風機の小さいやつに鼻先をよせておく まだ眠くはなくて プログラム終えてな…

ふみきり

夏だねと言い合いながら信号をちょっと走っておく四月末 雨が降るって聞いていたけど降らなくて上がったままの夜のふみきり いまひとつ決め手に欠ける不愉快がゼムクリップを手づかみにする 初出:『八雁』2018年7月号通巻40号

バルセロナ遊覧

¿Adulto?と聞き直されながら新品のおもちゃみたいなお金を払う 階段に赤じゅうたんを敷くための留め金がある一段ずつに くびれたりふくれたりしてほんとうに指みたいなソーセージ おいしい スズカケと肌が似ていてスズカケじゃない並木道 木を見て歩く オリ…

あいだ

段落を戻っては読む外国のなにか皮肉っぽい小説を 頼まれて人の写真を撮る指のばんそうこうのふち汚れつつ 廊下だからすれ違うとき会釈する指のあいだの水気を拭いて ページから指を離してサブウェイのうすい包装紙を折りたたむ 初出:『八雁』2018年11月通…

まっすぐな首

洗面器でほんとうにする洗面の 冬の ケトルのお湯を沸かして 包丁の刃先をあてて考える手のひらのとうふの大きさを 国立科学博物館アンデス展 人たちの肩のすきまにリャマ像のまっすぐな首だけ見えている 死んだあとからだが腐らない国の絵にかいてある死ん…

平皿

秋だった日のきみがいて繰り返しわたしのなかできみをしている 洗濯機が洗濯を終わらせたけどまずはさわっているツイッター みんな座ってみんなしずかに眺めているスクリーンを、くるまを曳く馬を 今日中にメールはしよう 乗ってきた路線に沿って歩いて帰る …

あたらしい秋

ふりかけのちょっといいのを売っているスーパー 駅からは遠くて 四畳半のドアをあければ今朝食べたもののにおいがすることもある 手を洗う水に手首を冷やしつつ遠くからくるやさしさ 誰の 冷蔵庫の音がやむとき閉じているまぶたの中でひろくなる部屋 映画館…

現代の対話のために

初出:『八雁』2018年5月 通巻39号 渡辺が作品を批評する姿勢は、いわば自文化中心主義的なものであり、そのような姿勢で書かれたものをわたしは到底信頼することができない。と、述べてみたとしよう。これは、書かれたものへの印象を、一足飛びに作者の姿勢…

じぶんの信じるものはじぶんで決める

初出:『八雁』2018年1月 通巻37号 ――『八雁』第三十六号渡辺幸一時評に反論して 十一月号の渡辺幸一「形式と韻律の力を信じて」について、『短歌往来』八月号「30代歌人の現在」には「大きな不満が残った」のに対し、小佐野彈「無垢な日本で」は「意欲的な…

松尾豊『人工知能は人間を超えるか』

(KADOKAWA、2015.3) 近年、人工知能の研究がすすんだことで、人間の職がなくなるのでは?(働かずに暮らせたらそれでいいじゃん)とか、人間よりずっと賢い(とは?)人工知能ができてしまうのでは?(もしできたとしてなにか問題があるの??)といった話…

山口謠司『日本語を作った男:上田万年とその時代』

今の私たちが使っている日本語の書き言葉は、明治時代後半の言文一致運動にその一つの源流がある。これは、「自然に変化してこうなったものではなく、「作られた」日本語である」。タイトルにある上田万年(1867(慶応3年)ー1937(昭和12年))は、その時代に東大…

でも歌でなくてもよかったということ鴨川を来ていつか言ったね

でも歌でなくてもよかったということ鴨川を来ていつか言ったね (でもきみでなくてもよかったということ暮れる川辺でいつか話そう/山中千瀬) * 会わなくても元気だったらいいけどな 水たまり雨粒でいそがしい/永井祐 背の高いあなたの日々へ降る雨は(元…

洞田明子の〈私〉

中野サンプラザに行くときはほとんど、カフェオレのせいでお腹の調子が悪くなっている気がする。2月25日の洞田の批評会に行って、すごく面白かったので、その会の話の部分や私が考えたことの話をします。 (以下発言と書きつつ誰のと明示しないものはみんな…