言語学と短歌

 卒業論文を書いた。言語学の語用論という分野、関連性理論について。語用論というのは、言語と実際の文脈との関係、どのようにして人は話し手の意味しようとしていることを理解しているのか、ということを領域としている分野だ。あとで要旨をそのままのせるけど、卒業論文では、関連性理論の話と、それに則ったら短歌がどういう仕組で理解されているのか?という話をした。

 卒論で短歌の話をしてしまうなんて、ひどくつきすぎで困ってしまう。私は、自分の専攻について何だと言えばいいのか分からない時期が長くて、専攻を言語学に決めたのが三回生の後期、就活のどたばたをやって卒論で関連性理論をすると決めたのが六月、実際就活が終わって卒論に手をつけ始めたのが八月、みたいなことをやったので、準備不足で総力戦をやるしかなかった、仕方ない。でも、このテーマ自体はちょうおもしろいところだと思っている。おもしろいよ!

 

要旨(転載):こういう話をしました

 短歌作品の鑑賞は、表現された言葉から様々なイメージが引き出され、また、人によってその捉え方も異なることがある。人はなぜ、そのような作品解釈を行うことができるのかという問題はいままで明らかではなかった。言語の、文脈と相関し、またコード解釈的ではない意味の側面を扱う語用論は、グライスが、言語理解に推論や意図の認識という考え方に焦点を当てたことで大きく進展した。関連性理論は、グライスのこの考えを受け継ぎ、さらに、認知科学的な立場から人間が言語を理解する過程を説明しようとした理論である。その主張は、1. 人間が関連性という概念で特徴づけられる、情報のより効率的な処理を目指していること、2. 伝達行為は、最適な関連性の期待を聞き手に抱かせるものであること、という二つの関連性の原理にまとめられている。関連性理論は、いわゆる字義通りの表現と修辞的な表現とには明確な境界は存在せず連続的な差異でつながっているという見解をとり、その双方に統一的な説明を与えようとしている。本稿では、このような関連性理論を用いて、その背景であるグライスの言語理論から確認したのちに、短歌の解釈の説明を試みる。その結果、取り上げた作品の意味的解釈は説明することが可能であり、短歌の意味解釈過程と関連性理論の体系に符号があることが分かった。また、文学作品の関連性は、個人の世界についての表示の構造的側面を改善することにあるのではないかという主張を行った。他方、短歌の韻律的側面や、作品解釈の社会的側面については扱うことができず、個人と個人の内部の心的表示を前提にしている関連性理論の自然な拡張が必要であると考えられる。

 

というわけで卒論を読んで欲しいです。何らかの手段でパソコンのアドレスをご連絡くださればデータを送ります*1

 

 

Q. ほんとに関連性理論で短歌の解釈が全部説明できるの?

A. 論文だから強気に書いたけどあやしいところもある…… 私は関連性理論にかなり賛成しているけど、韻律の話ができないというのは(論じていない・今後の課題に書いた)は短歌の説明にとって致命的。関連性理論における世界の表示や想定、概念や概念による想定の結びつけの機能なども、もっと洗練した説明が必要だと思う。

 

Q. 言語学とか、学問の言葉で短歌の話をすると、短歌がつまらなくならない?

A. そんなことは絶対にない。理論的・学問的な俎上に載せたぐらいでつまらなくなるものがあるならそれは元からつまらなかっただけ。ある人が、何かを学問の分野に持っていって議論したのがつまらなく見えることはあると思う。それは論者の能力や適正の問題なのでがんばります。

 

Q. 関連性理論があれば、これまでよりもいい批評ができる?言語学を使って短歌が解釈できる?

A. できない。卒論中にも書いた(ので読んで)けど、関連性理論はすでに行われた解釈が、どうしてその解釈であって、ほかの解釈にはならなかったのか、ということしか説明しない。言語学が一定のアルゴリズムとしてはたらいて、短歌の解釈をすることができる、みたいなこともない。でもそうやって、自分の読みの理由を説明することは、批評を人と共有するという点では意味があることだと思う。言語学についてもそうかな。現象を語る言葉が共有されていたら、人によってどういう立場に立つとかがあっても議論がちゃんとできるのでは。最近、斉藤斎藤さんのツイッターとかでナラトロジーの本の話題がツイートされてたりするけど、ナラトロジー(これは言語学というより構造主義的背景からきた文学理論?なのかな?)だって、私性の話にすごく関係すると思う。

 

Q. なんでこんなに趣味に走った卒論が書けたの?

A. 総合人間学部という文系理系問わずなんでも勉強できる学部にいたからかな?うちの大学全体でも、たぶん関連性理論をやってる人は誰もいない。先生にこれがやりたいんです!と持っていって、語用論を卒論で扱うことはどうかなあと言われたけどおしておした。しかもうちの先生は学部生のゼミとか研究室とかもなくて、ある程度書いたら見せてコメントをもらって、みたいな感じのものすごい放牧だった。

*1:2017/2/18追記:ここのページに私が読んでほしいですというのを書いているのを消さない限り、いつでも・お知り合いに限らずどなたでもお気軽にどうぞ。分野が違う方も、理論の話を長めにやってるので大丈夫と思いますし、受け取ったら絶対感想言わなきゃいけないというものでもないです。