わたしは口内炎にならない

走ったら間に合うかもね信号が赤になるところを見届ける

 

きらいってきみが言ってた音楽と途中でわかる 窓に降る雨

 

ぼろだから忘れたときは買おうって思ってずっと使う長傘

 

読みついである日見つける栞紐を人さし指に伸ばして巻いて

 

スロープが空くまでじっと待っているスケボーの帽子の男の子

 

見ていたらちょっと眩しいほどの月 歩いて帰る夜あちこちに

 

口内炎のひとと口内炎のないわたしで食べに行く晩ごはん

 

 

 

八雁2020年3月通巻50号

旅日記拾遺

二人ならちょうどぐらいの客室に荷物をあけてひろがるわたし

 

木の枝を束ねたような細い木がときどき生えてあとは平原

 

住民がいるのかどうか分からないビルたちバスの窓の流れに

 

どうしてか見てたらわかる日本から来た女の子わたしのほうも

 

オーケーとノーしか言葉の通じないタクシーのおじさんとシャシリク

 

誰かのための写真と思う 旅に来たときぐらいしか撮らない写真

 

銅像の日陰の中にあつまっておじさんたちの長い夕どき

 

右の手を胸に置いたらありがとうのポーズ? 状況から思うには

 

みぎひだりに尻尾を振って歩いている牛を抜かして子牛も抜かす

 

はなしかけられているのが日本語とわかってそれで話がわかる

 

 

このあいだウズベキスタンへ行きました。たいそうよいところでした。

八雁2019年11月通巻48号

思い浮かべる

みずばしら作りはじめた噴水へ歩いていって歩いて過ぎた

 

わりとなにも言えないままだ 手さぐりに紐をつかんで電気をつける

 

寝転んで思い浮かべる会ってないあいだのきみに増えた洋服

 

洗剤をたらせば鍋の水面を砕けて逃げるあぶらの光

 

新しい靴を履くときうつむいて風のさなかの坂道くだる

 

ひきだしのオシロイバナのたねのこともきみに言うから聞いてほしいよ

 

餃子たべて暮らしています冷凍の焼き餃子きのうは水餃子

 

初出:『八雁』2019年9月通巻47号

無題

 

ストローの曲がるところを伸ばしたり縮めたり よく犬の鳴く日で

 

塩入れに塩の丘陵 指さきをほそめてひとつ丘をくずした

 

新しく覚えたタイ料理の名まえ口にとなえて明るい夜道

 

初出:『八雁』2019年7月通巻46号

ざらざらの

 

食べたあといくらなめても塩味のくちをつぐんで画面に戻る

 

目が悪くなった気がしてうすく見る 片側だけが日なたの路地を

 

窓際の席をさがせばテーブルにきみの居眠りぬかづくような

 

連翹も馬酔木も見ずに壁ぎわをずっと進んだざらざらの壁

 

冬コート着たまま終わる三月をばかのようにも思ってすごす

 

キャスターの音を鳴らして一つずつ椅子を運んだ言われた場所へ

 

初出:『八雁』2019年5月通巻45号